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ボジーにて
本日最後のクライアントを笑顔で送り出して、ウォルトは深いため息をついた。
(今夜は…久しぶりに、サロンに顔を出すか)
このところ急に仕事が立て混んできた。夜は連日パーティ続きだ。ワークタイムとプライベートとの境界があいまいになってくると、決まって彼の中の悪い虫が頭をもたげてくる。
オフィスを出るとその足で街の中心地、カレッジにほど近い煉瓦造りのパブにやってきた。古色蒼然とした虫食い穴の目立つドアを肩で押して入ると、むっとした熱気がウォルトを包みこむ。
厚みのあるオーク材のカウンターには、男女が何組かジョッキを傾けていた。長テーブルには学生の一団が陣取り、卓上に据えたテレビでフットボールの試合を見ながら歓声をあげている。そう珍しい光景ではない。自分も同じように、学生時代はよくこの店に通ったものだ。
「あの頃は知らなかったからな…」
苦笑いしながら呟くと、マスターに軽く手を上げてカウンターの奥に進む。古びた小さなドアの横に、猫を膝に抱いたいつもの老婆がいた。
「ボジーは今日来ているかな」
サロンのメンバーだけが知る合言葉に、老婆は無言で頷くと尖った爪でドアノブを指差した。頷き返して奥の部屋へと足を踏み入れる。そこは、かつてこのパブが階級別に場を分けていた時代の名残で、小さなラウンジになっていた。かつて、労働者は立ち入りを禁じられていたというその部屋には、三人の紳士が窓際のソファで談笑していた。みなサロンのメンバーだ。見知った一人と軽く会釈を交わすと、フロアを足早に横切る。壁際の薄いドアを開くと階下へと続く階段が現れた。十段ほど降りると、布張りの扉が現れる。ウォルトの足音を聞きつけたかのように、向こう側から扉が開かれた。黒い垂れ幕で仕切られたクロークルームで、控えていた二人の黒服が恭しく頭を垂れた。
「いらっしゃいませ、男爵様」
ウォルトはまた苦笑した。黒服は皆、爵位で客を呼ぶのがルールだ。これは本名を伏せるための暗黙の配慮なのだが、何度呼ばれてもウォルトは慣れることができない。
アタッシュケースを預けるついでに尋ねた。
「ロスは?」
「つい先ほどお見えになりました」
ウォルトが軽く頷くと、黒服の一人が奥へと続くカーテンを引き開けた。
「どうぞ、お入りください」
ありふれたパブの奥に、こんな部屋があると誰が想像するだろう。そこは、贅を極めた広いフロアだった。
足元には毛足の長い絨毯が敷かれ、そこここに置かれた革張りのソファはゆったりと広く、サイドボード、テーブル、ワインセラーといった調度品は十八世紀のアンティークで統一されている。スタンドライトの照明は淡い光をあたりに投げかけ、壁にかけられた濃い緋色のビロードが部屋のあちこちに陰影を落とす。その暗がりに、ソファに、長椅子に、何人もの男たちが腰掛け、ある者は身を寄せあい、くちづけを交わし、もっと露骨に膝を絡ませている者もいる。皆、ここで過ごす時を楽しむ同好の士だ。
中には少なからず、ウォルトに好奇と誘いを含んだ視線を投げる者もいた。
「やあやあ。今夜現れるなんて、君もつくづく幸運な男だな」
懐かしい友人の声に振り返ると、ウォルトは大きく息をついた。
「やあ、ロス」
パブリックスクール時代からの悪友、ロス・ハミルトンだ。名家ハミルトン伯爵家の三男坊で、働かなくても生涯暮らしてゆける資産を持つと人間はこうなる、という見本のような男。大学在学中に彫刻に目覚めて以来、彼は仕事にもつかず芸術活動に専念する優雅な身分を貫いている。ハリウッドの人気俳優に似た優男で、昔から男女を問わず人気があったけれど、面倒見もいい。ロスはウォルトの数少ない友人の一人だった。大学在学中にウォルトの性癖を見抜いて、このサロンに誘ってくれたのも彼だ。
「最近、君の噂を聞いたよ。ウィルシャ家のドラ息子を無罪にしたってね」
ウォルト・グロスター男爵家は代々弁護士の家系だ。先日、公判を終えたばかりの裁判を例に挙げられ、ウォルトは渋い顔をした。
「おかげで仕事が増えて参ってる」
「贅沢言ったらダメだよ」
「そんなことより…幸運っていうのは何だ?」
「ああ、紹介するよ。ほら、こっちにおいで」
はい、と軽い応えがあって、一人の少年が現れた。
(…東洋人だな。それも、とても若い)
ピンと背筋を伸ばして立つ身体は、細身で小柄だ。華奢な肩に白いドレスシャツがよく似合っている。
品のいい小造りな美貌は、いつか見た東洋の人形に似ていた。宝石ように美しい黒々とした瞳が、涼しげな目元から覗いている。額にこぼれるのは艶やかな黒い髪。きめの細かいすべらかな頬。鋭角な顎のラインも美しい。なにより、まっすぐにウォルトを見つめる混じりけのない眼差しに胸が騒いだ。
「君は…」
口を開きかけて、ふと詰まる。
(なぜこんな若い少年が??このサロンにいる?)
問いただす視線を受けて、ロスが嬉しそうに笑った。
「ほら、やっぱりね。君はきっとそういう顔をすると思ったんだ」
「どういうことだ」
「言っておくけど彼は未成年じゃないよ。東洋人だから若く見えるけど、年は確か…」
「二十三です」
即座に流暢な英語が返ってきた。
「留学生?」
「はい」
「中国人かな?」
「いいえ。日本人です」
「君の英語の発音は綺麗だね」
「ありがとうございます」
日本から来た留学生はかすかにはにかみ、またウォルトの胸の奥で何かがざわめく。
「しかしロス、部外者をここに連れてくるのは規則違反じゃなかったか?」
「彼は僕の推薦で先月正式に当サロン、通称『ボジー』への入会を許された。正会員だよ」
「なん…だって?」
このサロンは四半世紀前、英国が同性愛を厳しく法で罰していた当時に発足したというのだから、学内でも最古の部類に入るのだろう。性質上、当然秘密裏に運営されていたため入会条件は厳しく、我が国の貴族階級に属する成人男子であることと、国内有数の某カレッジで学ぶ現役学生、もしくは卒業生であるというのが二大前提となっていた。
家柄と頭脳の両面で会員を厳選し、プライバシーを厳守しながら今日まで続いてきたのだ。
「彼はね、日本では貴族階級に属している名家の子弟だし、国内最高峰の大学を出た秀才なんだ」
自分の事のように、ロスが得意げに説明した。
「それに、現在はマスター取得のためにカレッジの大学院に通ってる。見ての通りの美男子だしね。…まだ何か文句があるかい?」
「その??君自身は承知しているのか?その…このサロンの内情を」
ウォルトから向けられた問いに、ゆっくりと彼は答えた。
「……ええ、もちろん。入会前にお話を伺いました」
「そんなの当たり前じゃないか。君は相変わらず頭が固いね。いくら体裁を繕ったところで、所詮ここは男同士がオープンでセックスを楽しむ場だろう?」
ロスが呆れたように笑った。確かに彼の言う通りだった。特定のパートナーを持たぬ男達が集まり、気が合えば奥の小部屋(スナッグ)になだれ込み、二人、または複数で一夜限りの大人の社交を楽しむ。ここはそういう場所なのだ。ウォルト自身、そう頻繁にではないにせよ少なからずここで交渉を持ち、それなりに楽しんできた。
「彼はアイリーンと呼んでくれ」
だが、何気ないロスの言葉に彼は再度衝撃を受けた。女性名は相手に条件を設けず…つまり、フリーセックスで、常に受け身を希望する者に対してのみ与えられる名だ。セクシャリティがわかるように、皆が彼を女性名で呼ぶのだ。
「アイリーン…だと?」
「ええ。よろしくお願いします」
呆然と呟いたウォルトを見返す青年の目は平静だった。顔色一つ変えていない。
誰かに無理強いされたのではないだろう。ボジーでは個人の意志を尊重する。望まない交渉は犯罪と同じく断罪される。ボジーでのルールを頭では理解していても、ウォルトはまだ釈然としなかった。
「実は今日これからアイリーンを囲んでスナッグするんだ。君も来るだろう?」
正直、スワップは得意ではない。気持ちは萎えていたが、ウォルトは彼から視線を外すことができなかった。
小部屋といってもキングサイズのベッドが入るぐらいには広い。
ロスと、二人の志願者にかしづかれる姫君のように、細い身体がベッドの中央に横たえられた。靴を脱がされ、ドレスシャツのボタンを一枚づつ外されてゆく。口々に男達はアイリーンと彼を呼び、綺麗な肌だ、美しい顔だと男達は賛美する。その合間に髪を指先で梳かれ、胸元を撫ぜられて、彼の唇からは切なげな吐息がこぼれて落ちてゆく。
ウォルトはといえば、部屋に入ったものの参加する気にはなれずに、ドアの前に立ちつくしていた。
男達の背中越しに、眉をひそめた美貌が見える。
(あんな華奢な身体で三人もの男を相手にして…)
そう思っただけで、ウォルトの欲望が頭をもたげる。今しもロスが、細身のズボンごと下着を引き下ろそうとしているところだった。現れた未熟な茎は反応していない。手馴れたソフトな愛撫を仕掛けられると、不意に切ない吐息が甘い呻き声に変わり、唾を飲む音が聞こえる。
荒々しく全ての服を取り去られた裸身は、すぐに男達に覆われて見えなくなった。感じるところばかりを指や唇で愛撫されているのか、甘い喘ぎが次第に長く尾を引く。
「おい、ウォルト!なにをしてる」
胸の粒を弄っていたロスが、顔を上げて叫んだ。
「入れよ。それとも見てる方が好きなのか?」
残る二人が顔を見合わせ、卑猥な笑い声を上げた。
「いや、私は…」
もごもごとウォルトが言いかけた時だった。首をゆっくりともたげた彼が蕩けた表情のままこちらを見た。
視線が宙で絡んで、ウォルトはハッと息を呑んだ。
身体は素直に快感を訴えているのに、瞳は限りなく暗い。まるで贄にされた小羊が、悪魔の牙にかかるその時をじっと待っているような、どこまでも虚ろな眼差し。
(本当に彼は悦んでいるのか…?)
贄の暗い目が、ウォルトには正視し難い。
結局その日、彼は逃げるように部屋を出、そのままサロンを後にした。
アイリーンという女性名しか知らぬ青年の面影は、そののちずっとウォルトの脳裏を離れなかった。そのうち忘れるだろうと高を括っていたが、一月経っても彼の事が気にかかる。ひやかされるのを覚悟で、ロスに彼の居場所を聞き出そうかと思いはじめた矢先、偶然訪れたティールームで再会した。
天気の良い昼日中、テラスに出したテーブルの隅で、黒髪の青年は分厚い学術書を読んでいた。
「失礼」
ウォルトが彼の隣に座ると、何気なく顔を上げた青年はパッと頬を赤らめ、うろたえ気味に視線を泳がせた。突然の再会は、彼にとってはあまり喜ばしいことではなかったらしい。胸に小さな痛みを覚えながらも、ウォルトは隣に腰を降ろした。
「先日はどうも。中座して失礼したね」
「………いえ」
我ながら意地が悪いと思った言葉に、律儀に小さな声が返って来る。ストライプのシャツとジーンズ、スニーカーという学生らしいスタイルは質素で、サロンで会った時よりずっと若く見える。まだ十代と言っても通りそうだ。ウォルトはふと思いついた考えを口にした。
「君は、もしかしたらお金に困っているのか?」
「え?あの…どういう意味でしょうか」
「いや。あのサロンには年上のパトロンを見つけに来る若い子もいるからね」
「……」
「ああいや。その…君がそうでないのだったらこれは失言だな、申し訳ない。だが、君のような子がどうして??」
ウォルトの言葉に、なぜだか彼は笑みを浮かべた。
「私が善人に見えますか、ウォルト ・グロスター弁護士」
フルネームを呼ばれて、ウォルトは一瞬うろたえた。
「ロスからあなたのことを聞きました。古い付き合いの親友だって。彼はいい人ですね」
「君とロスは…その、恋人同士なのか?」
「いいえ。彼はただ私を気に入って、あのサロンに紹介してくれただけです」
「だが、抱かれたんだろう?」
好奇心を抑えきれず尋ねると、青年は上目遣いにウォルトを見た。
「こんな時間にこんな場所で話す話題ではないですね」
「し、失礼」
「いいえ。それから先ほどの質問ですが、私には親から贈与された個人資産があり、広いフラットに一人で住んでいます」
「……」
「何か疑念がおありでしたら、資産証明書をご覧にいれてもいいですが」
これはなかなか手ごわい、と内心ウォルトは舌を巻いた。アイリーンは頭の切れる青年だ。
「あの夜は私も楽しませていただきました」
「それは嘘だ」
「嘘ではありませんよ。もしかしたら…ウォルトさんは私の事を心配してくださっているんでしょうか?」
微笑をチラと浮かべて、彼は声を低めた。
「私は大勢の男性に酷くされた方が良いんです。……わかりますよね?そういうの」
公判中ですら答弁でこんなに詰まったことはない。ウォルトはぎこちなく頷いた。
一週間後、サロンを訪れたウォルトは、ロスがボジーから退会勧告を受けたことを知った。
アイリーンを巡る鞘当が原因だったらしい。アイリーンと合意した数人がスナッグから出てきたところを、ロスが見咎め、はずみで一人を殴ってしまったらしい。メンバー間での諍いは絶対のタブーだ。即日、ロスの元へ運営者であるオブザーバー氏から、退会勧告が届いたのだった。
アイリーンがその日以来ホジーに顔を見せないと訊いて、ウォルトは胸騒ぎを覚えた。ロスにのアトリエへ電話を掛けてみたが、誰も出ない。
焦れたウォルトはアトリエのある田舎街まで車を走らせ、到着したのはもう深夜に近い刻限だった。
「ロス、いるか」
ノッカーを叩いても応えがない。ウォルトは裏庭に続く横道に向かった。もう何度も訪れているから間取りは熟知している。庭を迂回してアトリエに面した大きなフランス窓をのぞきこみ、息を呑んだ。
窓ガラスの向こう、月光に照らされて淡く浮かびあがった部屋の中。造りかけの彫像や散らばったカンバスに埋もれるように、床の上で絡み合う二つの裸身が見えた。
押し開かれた細い下肢の間で、ロスの腰が動いている。狂ったように強く突き入れるたび、アイリーンの尖った顎が反る。床に投げ出された腕が力なく床を掻き、苦痛の色を浮かべた美貌がはっきりと見て取れた。
露になった細い肩や脇腹には、幾筋もの赤い縄目が走っていて。
そっと窓を開くと、切れ切れに哀願するロスの声が聞こえてきた。
「おね…がいだ…お願いだからっ……!」
ロスは腕の中の身体を思うさま揺さぶりながら、泣いていた。ポタポタと涙を零しながら、虚ろな表情で彼を見返す青年をのぞきこみ、顔中にキスの雨を降らせる。
「僕だけのものになってくれ!……頼むからっ」
激しく揺さぶられて、苦痛の声が高くなる。
「こんなに欲しいと思ったことはないんだ。お願いだ、トリィ」
「それは…できま…せん」
細い声が切れ切れに答えた。
「なぜ!?僕はこんなに君を愛してるのに、どうして!」
「ごめん…なさ…うぁっ…」
叩きつけるように身体の中心を抉られて、細い身体が人形のように手足を投げ出し、痙攣する。
「私は…誰も、愛せない」
白い胸を波打たせながら、きつく目を閉じてアイリーンが答えた。
「誰にも愛される資格などない。……あなたにもです、ロス」
「だから、どうして!?」
絶望に叫んだロスの両手が細いうなじにかかる。突き上げながら締めあげると、みるみるうちに白い頬が赤くなり、唇は白く血の気を失ってゆく。もう黙って見ているわけにはいかなかった。
「やめろっ…!!」
窓を引き開けてウォルトは部屋に飛び込んだ。ハッと力を緩めたロスの身体を突き倒すと、青年を助け起こして自分の背に庇う。しがみつくウォルトの指先は震えていた。
「なんだ…君か」
床に転がったまま醒めた目で二人を見上げたロスが、醜く顔を歪めてクスッと笑った。
「ロス、どうかしてるぞ。こんなことをして、彼を殺すところだった」
「残念だな。君は僕の裁判で証言台に立つチャンスを逃したってわけだ」
「ふざけるなっ!!」
たまらず怒鳴りつけると、ロスは床を転げ回ってゲラゲラと笑い転げた。
「無駄だよ。君がそうやって庇ってやっても彼は誰も愛さない。東洋からやって来たプリンスは、氷のハートを持っているらしいからね。いっそ、殺してしまえば僕だけものになったのに??できなかった…」
「ロス…」
小さな呼びかけに、憎憎しげな視線がウォルトの背後に向けられる。
「欲しいのは身体だけ、か。この淫売ッ!!」
途端、泣き顔になったロスが大きく開かれた窓から、裸足で外へ飛び出していった。
アイリーンはそれまでの数日間、昼夜を問わずロスに苛まれていたらしい。立ち上がるのすら辛い様子で、なんとかシャワーを使わせて傷の手当てをした。少しでいいから眠りたい、と訴える彼を、ウォルトは居間のソファに抱いて運んだ。
飛び出して行ったロスのことも気がかりだったが、今はこの青年の傍を離れられない。
すぐに目を閉じ寝息を立て始めた美貌には、疲労の色が濃く滲んでいた。
(いったい…この青年は何を背負っているのだろう…)
ウォルトはそう考えずにはいられなかった。さっきの、ロスとの会話がまだ耳に残っている。
「欲しいのは身体だけ、か…」
確かにセックスには慣れているようだ。が、淫売と呼ばれるほど貪欲なタイプには見えない。
「君を見ていると??自分を痛めつけているようにしか見えないんだがね…」
低い呟きに、眠っていたはずの青年が返事をした。
「鋭いですね」
そう言って淡く微笑む。天使のように綺麗な笑顔だ。
「あなたも善人ですね、ウォルト」
「そうかな?君は?」
「私は違います。ですから、もう二度とあなたとはお会いしません」
「……そうか」
青年への淡い恋心をはっきりと自覚しながらも、打ち砕かれて穏やかに受け入れている自分に驚いた。
「もう、間もなく朝ですね」
窓の外はゆっくりと白みはじめていた。
「ウォルトさんは先に帰ってください。私はロスが戻ってくるのを待って、ちゃんと仲直りします」
「…喧嘩別れは気まずいからか?」
「ええ。彼には私なんかじゃなく、もっと相応しいパートナーが見つかると思います」
ウォルトに言える事はもうなにもなかった。軽く頷いて車のキーをポケットから出すとドアに向かい、ふと振り返った。
「最後に一つだけ教えてくれ。何が君をそんなに追い詰めている?」
黒い眼差しがふとウォルトを見つめ、揺らぐ。ウォルトはじっと返事を待った。
だが、青年の口から語られる言葉はなかった。貝のように口を閉ざしたまま、静かに長い睫が伏せられる。
ウォルトは軽いため息をついて、アトリエを後にした。
以来、ウォルトはアイリーンと会っていない。
だが東洋の青年の美貌は、その後何十年にもわたって彼の記憶に留まり続けた。
そして別れ際に黒い瞳を過ぎった哀しい色は、解明できない大きな謎をウォルトに残したのだった。
夏野さま、お忙しいところありがとうございました。
ユーザーのみなさまは作品が出るまで一体何の話か
ドキドキしながらお待ちくださいね(^^)
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