紅月さんからいただきました、お仕事社長のサイドストーリーです。

貴方が愛しくて…。


うららかな昼時、あるレストランの前で二人の長身の紳士たちが人待ち顔で外をちらちら見ながら和やかに話をしていた。

会話の内容は…和やかとは程遠いものだったが。

「で、どうします、Mrアルファード。何処に連れて行きますか?」

「そうですね…。私の別邸などどうでしょう。あそこは人目にも付かないですし、私の召使達は皆、口が堅いですから。」

「決定ですね。おっ…来たようだ。」

待ち人が軽く頭を下げて少し小走りで店へ入ってきた。…二人で。

小柄な祐登の後ろには当然のように秘書の松平が付き添っているのに、二人はいい加減うんざりしていた。

「過保護だな。」

「過保護ですよね。」

K国でのダムが無事着工したことを祝ったパーティーでも思ったが、彼、祐登に対して秘書である松平の態度が彼らにしてみればどうしても必要以上に彼を構い過ぎているように見える。

今もせっかく、会食を理由に祐登だけを呼び出したというのに、松平までしっかり付いて来たのだ。

以前、何気ない振りで理由を問いただすと、彼は

「秘書は常に社長の側にいるものですから。」

と返され、流石に過保護じゃないのか、という言葉を野瀬は呑み込んだ。

「日高君、どうしたんだ?松平君まで連れてきて。いい加減独り立ちしないと松平君が迷惑がるのでは。」

「す…済みません、野瀬社長。午前中の会議でどうしても結論が出なかった事があって、無理を言って来て貰ったんです。」

申し訳なさそうに頭を下げ、悲しげな顔をする祐登は愛らしく見えるが、儀礼的に頭を下げている彼の目は絶対済まない、と思っている目ではない。

「良いではないですか。ユートはそれだけ仕事に打ち込んでいるのですから。それより席に着きましょう。」

イムリットがやんわりと仲を取り成し、そっと祐登の背中に手を回すと、すかさず松平が反対側に付いた。

此処まで来るとたいてい彼の意図は判る。

尊敬する彼の父親から全権を任されたから、という建前を振り翳して松平は二人を牽制していることは間違いない。

彼の感情が何処までなのかは流石に判らないし、祐登との関係も何処までなのかも判らないが、自分達の邪魔をしようとしている、ということだけは明白な事実だ。

無論、野瀬もイムリットも本当は祐登を自分だけのものにしたいと望んでいるが、無理強いして祐登が自分から離れてしまうことがどうしても怖くて踏み出せず、仕方なく協力することにしたのだ。



テーブルにはコース料理ではなく、いろいろな料理が所狭しと並んでいる。

「野瀬社長…珍しいですね。野瀬社長がこーゆーものを召し上がるなんて。」

一級のものを口にしていることを知っている祐登が驚いたように野瀬を見ると、ふっとからかう様な笑みを浮かべ祐登を見詰めた。

「日高君はコースよりもこういったほうが好きだろ。依然困った顔をしていたからな。」

よく見ているもんだ、と祐登以外のもの達は思ったが、祐登本人は感心しきりだった。

「では、ユート、せっかくの料理が冷めないうちに頂きましょう。」

「はい。」

食事は祐登の世話をするイムリット達のお陰でかなり周りの者たちは居心地が悪いものになっていた。

傍から見ていると雛鳥に餌を与える親鳥、というよりも熱烈に恋人の世話を焼いているようにも見えて目のやり場に非常に困るものだった。

「ユート、こちらはあまり油っぽくないですから、如何です?」

「はい!!うわっ、美味しい…。」

「日高君。ピザが冷えてしまうぞ、早く食え。」

「えっ?うわぁ…マルゲリータだ。俺、これ好きなんですよー。」

さっと焼きたてのピザに手を伸ばし、本当に幸せそうに食べる祐登を3人の男たちは嬉しそうに見詰めていた。

プルル…。

無粋な携帯の呼び出し音が松平の胸元からした。

「失礼します。」

そういって彼が席を立ったとき、イムリットがそっと祐登に綺麗な紅い飲み物を差し出した。

「これは?」

「ジュースみたいなものです。甘くて美味しいですよ。」

フルーツが浮かぶ甘い香りの紅い飲み物…。祐登はちょっとだけ口にした。

「あっ、甘?い!!」

「美味しいでしょ。」

「はい。」

満面の笑みを浮かべ、グラスを開けた。

…何故、こうもあっさり彼らの手管に掛かってしまうのか。

祐登が口にした紅い飲み物は、言わずとしれたサングリア。…甘いが、確かにお酒である。

「すみません。急な仕事が入り、私だけ先に失礼させて頂いても宜しいでしょうか。」

松平が丁寧な口調で先に社に戻ることを口にしているのを祐登はぽやぽやした頭で聞いていた。

「仕方ないな、仕事では。日高君のことは私たちが送ろう。」

「はい。ですが、本日の業務はすべて終了しておりますので…。」

「では、ユートの自宅に送りましょう。明日は休日でしょ。少し一緒に居たいですし…。」

「休日なんですけど、今度のプロジェクトの関係者達と出かけるんです。」

イムリットの言葉に祐登が言葉を重ね、ニコニコと笑ってちょっと首を傾げた。

「そうですか、では、そのようにしましょう。Mr松平、大丈夫です、ユートはちゃんと送りますから。」

まだ、何か言いたそうな顔をしている松平にイムリットは微笑み、野瀬は頷いて見せた。



「やれやれ、過保護だな。」

「そーですかぁ?でも、やっと最近松平さんの小言が減ってきたんですよぉ。」

酔いのせいか舌っ足らずになってきた祐登を二人は意味ありげな目で微笑みながら見つめた。

「おっ、デザートが着たようだぞ。日高君、グラスのものを空けてしまいなさい。コーヒーが甘くなるぞ。」

「はぁーーい。」

いつの間にか継ぎ足されているサングリアを祐登は疑いもせず綺麗に飲み干し、嬉しそうにデザートのアイスクリームの格闘を始めた。



「ユート、大丈夫ですか?」

「すーみーまーせーん、立てないんですぅ。」

くってりとした祐登を支えるイムリットと野瀬が低く笑った。

酒に弱い祐登。

サングリア2杯でもう、酔っ払いになっている。

「仕方ありませんね。」

言うより早くイムリットが祐登をお姫様抱っこして店の外へと歩き出した。

「Mrアルファード、貸し、一つですよ。」

野瀬の言葉にひょいと肩をすくめながら…。



当然のように祐登はイムリットの別邸へと連れて行かれ、巨大なベッドの上で艶かしい姿で荒い息を必死に整えようとしていた。

「何故、そんなに慌てるのです?」

「イッイッイムリットさん…。野瀬社長まで…なんでですぅ。」

既に泣き顔になっている。

そんな表情まで可愛い、と思ってしまうが、怯える子猫のような姿にズキン、と胸が痛んだ。

必死にシーツで自分の体を隠そうとしながら何故、と訴える姿は欲望を煽るだけだ。

だが、泣かせたかったわけじゃない。

「日高君…言い訳はしない。だが、私たちは君を本気で愛している。」

野瀬社長の言葉に驚いたように眼をぱちくりさせ、縋るような目でイムリットを見詰めた。

「私たちはユートを愛しています。本来ならば私一人を選んで欲しいのですが、貴方は優しいから、誰も拒むことが出来ない。」

拒むことと受け入れることは違う。

それを二人は痛いほど判っている。

だから、強引に関係を持ったのだ、と言いたかった。

「でも…俺。お二人のこと、大切に思ってますけど…こういう関係は…。」

「望まない、と言うのか?」

苦しそうな声の野瀬を祐登は見詰め、小さく首を振る。

「考えたこと…なかったので。」

「ならば、これからは考えてくれ。私は君を本気で愛している。そして、君に愛されたい、と思っている、と。」

「ユートの心の大切な場所に私を迎え入れて下さい。」

二人の口説き文句に頬を真っ赤にしながら祐登は小さく頷いた。

このままで行けば、きっと穏やかな時間が過ぎて行っただろうが、祐登の人生、穏やか、とは結構無縁のものらしい。

「ご主人様、日高様のお迎えの方がいらっしゃいました。」

召使の言葉にイムリットの目が厳しくなった。

「何処で此処を調べ上げたのでしょうね。」

「まったく…抜け目がない男だ。」

誰が来たかなど二人には言われなくても判っている。

召使に案内されて部屋に入ってきたのは予想通り松平と影村だった。

「まっ…松平さんに…影村さんまで!!」

うーわー、と悲鳴を上げ、シーツに包まった祐登を松平は軽々と抱え上げ、影村は脱ぎ散らかされていた祐登の服を手際よく纏めるとさっ、と松平の脇に立った。

「Mrアルファード、野瀬社長。社長をお迎えに参りました。」

「…松平君。」

「Mr松平、これは宣戦布告、と取って良いのですね。」

「はい。結構です。影村、神無に連絡を。」

「はい。」

松平の言葉に野瀬たちの目が一瞬眇められた。

「なにを驚いているんですか?我々は社長にすべてを捧げ、社長のすべてを欲している共同体です。下手な牽制をするよりも社長の身辺を守るのに丁度良い。」

「あ…あのぉ。松平さん、言ってる事が良く、判んないんだけど。」

とうとう祐登が話について行けなくなり口を挟んで来た。

「たいしたことではありません。社長が愛している社員達は、社長を深く愛している、と言うだけです。」

「そうなんだ。良かった。皆に好かれて。」

なんとなく話がすり返られているような気がするが、お人好しの祐登はすっかり丸め込まれてしまった。

「手加減は…しませんよ。」

「こちらこそ。クライアントでいる間は理性を保ってて下さい、とだけ申し上げますが。」

松平の牽制にイムリットは低く笑った。

「当然、節度、と言う言葉くらいは知っています。ですが、それはユートに対してだけ、と思ってて下さい。」

「結構です。」

「次のプロジェクト…共同開発部門での会議が楽しみだ。」

「会議ですか…。社長の出席率は高くないですね、きっと。」

野瀬がふん、と鼻で笑うと影村がぼそり、と呟いた。

「どっちのだ?」

「さぁ?どちらでしょうね。ま…寝首をかかれない様にして下さい。」

「お互いに…な。影村。」

寒すぎる空気に言葉を挟めない祐登が困ったように松平の腕の中で小さくなっていた。



  俺にどーしろって言うんだよーー。



一級の男達の真剣勝負に口出しする馬鹿な真似はしたくないが、できれば穏便に、穏やかな関係を築きたい、と腹の中で願っていた。

戦いのゴングは鳴り、世にもおっそろしい戦いが始まろうとしているのに、世間はうららかな春の日差しに包まれ、眠気を誘う穏やかさだ。

俺にも平穏な日が来ますように。

皆大切で、誰か一人だけを特別に思うほど自分の心が固まっていない。

悲しいけれど、祐登が願う平穏な日々は暫くの間、彼には訪れないだろう。

誰か一人を真剣に思う日、までは。



皆横一線。

スタートのピストルは鳴ったばかり。

ゴールは何処にあるかも判らないレース。

それでも彼らは戦いの火蓋を切り落とした。

たった一人。

大切な人の心を射止めるための、戦いに。



貴方が愛しくて…。

貴方に愛されたい。



唯一つ、その想いだけを胸に秘める。



後日談。

当然、松平達によって助け?られた祐登は後日、当然のように松平達にも抱かれ、身動きさえ出来ない状態になっていた。

「…動けない。」

「当然でしょうね、あれだけ激しく抱かれたんですから。」

ベッドにうつ伏せながら祐登は自分の髪を撫でる松平に文句を言った。

「…松平さん、手加減って言葉知ってます?」

「はい。ですが、私だけではないですし…。」

勿論、影村や神無にも祐登は関係を強引に結ばされた。

節操無、と非難されかねないのに祐登はすべてを拒否できない。

だって…。

「祐登、愛しています。誰よりも、貴方が愛しくて…。」

と、囁かれてしまうから。



貴方方が愛しくて…。

貴方方に愛されたい。



一つの気持ちを複数に分けるのではなく、一人一人に向かうようにその想いを祐登はその胸に抱えている。

答えはまだ、出ない。

でも、出ないほうが良いのかも…。

紅月さま、素敵な作品をありがとうございました☆
掲示板で脅し…いえいえ、おねだりした甲斐がありました(^^)